潔癖症

いつも風邪を引くときは喉の違和感から始まる。
乾燥しているときに人混みに行くと、帰宅してから違和感があり、放置していると発熱する、という流れだ。
だから私は風邪対策として喉を守っている。

うがいと同時に気にしているのが手を清潔にすること。
バスや電車などの公共交通機関を使用して移動するため、どうしても雑菌が気になってしまう。
バスで移動して、飲食店に行って、すぐにお冷やグラスを持つ気になれない。

お店に到着したらまずはお化粧室で石けんを使い手首まで手を洗う。
これは年中やらないと気が済まない。
また手を洗うほどではないが、ちょっとした茶菓子などを食べるときに拭けるようにウエットティッシュの携帯用を持ち歩いている。

アルコールタイプでしっかりと手の平、爪、甲、手首とぬぐってから食べるようにしている。
アルコールタイプのティッシュは肌には良くないがさっぱりして気持ちが良いので、雑菌対策というよりかは落ち着くから拭いているようなもの。

しかし、ことあるごとに私がウエットティッシュを取り出し、手を洗わずに食べようとする同席者にも勧めるため不思議がられる。
女子力高いね、という人もいる。

でもそれより、手を洗うことで落ち着くのはストレスを抱えている証拠だよ、大丈夫?と言われることもあり驚いている。
確かに、石けんで何度も手をこすり洗いをしないと落ち着かないという精神的な病を聞いたことはあるが、私も似ているかもしれない。

でも私からしたら、さっぱりするための手洗いやウエットティッシュで、風邪が予防できるんだから良いじゃない!と思うし、スマホなどを触った手でクッキーを手に取るのが理解できないのだけれど。
性格の問題だからしょうがないか。

癇の強い子供時代

私は昔、大変に癇癖の強い子供だった。
潔癖、といってもいいかもしれない。
布団を敷いたら、もうその掛け布団の上にしわひとつ寄るのが許せないで、家族の誰も私の布団の上に乗ることを許さなかった。
万一しわが寄ってしまったら最後、何度も何度も、手でそのしわを伸ばさないではいられないのである。

持ち物に関しても、自分のものはいつでも他人の目から隠しておきたくて、大切なものは箱に入れて、さらに何重にも包み紙で丁寧に包んだ。
少しでも包装紙にゆがみがでると気に入らないで、またきっちりと包みなおす。
いつでも解いては包み、解いては包みを繰り返していたので、私の幼少のみぎりの思い出を話すときには、家族の皆から、いつもものを包んだりしている子だった、と言われる。
私の記憶でも、いつでもものを包んでいたようだ。
こうした子供の神経症というのは、別段珍しくもないようで、割に見られることのようであるが、それでも家族としてはたまったものではなかったろう。
ただでさえ気難しくて手を焼かれていたところに、こんな癇癖まであったのでは、いくら子供とは言え、うかつな対応はできない。
おそらくは、腫れ物を触るような部分がなきにしもあらずであったろう。
それを思うと、なんて迷惑をかけたものかと反省せざるを得ないのであるが、最近、どうやら甥っ子が同じような気質を呈しているらしい。
ようやく玩具を持って遊べるようになった彼は、今ミニカーにはまっているらしく、子煩悩な彼の父親が、ことあるごとにミニカーを買ってくる。
だから今や彼は、れっきとした複数台の車持ちなのであるが、彼のお気に入りの遊び方は、車を走らせるのではなく、入っていた箱の中に車を入れたり、出したりを繰り返して楽しんでいるらしい。
きっちりともとのビニール袋に入れ、さらに厚紙で出来た箱の中におさめる。
そしてそれを何度も繰り返す、という車庫入れがもっぱらのお気に入りなのである。
やはり血は争えないということか。
好きならばそれで一向かまわないが、今最も懸念するところは、私の癇癖が甥っ子である彼の気質に影響した、とその母親からのとばっちりをくうことである。

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