日記をつけること

毎年の初め、というか前年の暮れに必ずたてる目標がある。
それは、日記をつけるということ。

今回で何度目の同じ目標であろうかは、聞かないでほしい。


小学校6年生の時、担任の教えで毎日宿題として日記が出ていた。
その時の楽しみは、日記について必ず書かれて返ってくる担任からの赤ペンでのコメントを読むことだった。

卒業してからしばらくの楽しみは、その日記を時々振り返って読むことだった。
今でも何冊にもなる日記ノートが実家においてある。

そんな日記を、大人になって書くことがなくなってしまった。
そして、忙しさを理由に続けられない年がここ何年と続いている。

日記の醍醐味は読み返すことにあると思っているので、捨てずに取っておく派なのだが、そもそも続かなければその楽しみも生まれないので、毎年どうにか対策を試みては挑戦しているのである。

今年は、一言日記用のノートを買ってみた。
これなら、わずらわしさもなく、気軽に書けそうである。
書けそうというのは、根拠の無い希望的観測なわけだが、どこかでまた尻尾を巻いてしまいそうではある。

苦手ならやらなければいいだけのこと。
日本人の教育は短所を潰すことに主眼を置くので、あることに突出よりも平均を好むのがダメなところだ。
だから出来ないヤツをバカにする民度。

出来るヤツを集める、出来るヤツに対価を払って頼るという発想が無いし、ヨシとしない。
なんでも自分が自分がでは、大成できるわけがないのだ。

日記を続けるコツ

紙とペンで、日記をつけています。
その日にあった楽しいことや愚痴、明日何がしたい、などといったことを書く、ごく普通の日記です。
中学生の頃からつけ始めて、もう10年以上続けています。
時折読み返しては「ああそんなこともあったな」と思い出に浸っています。

……と、言うと、色々な人から「日記を毎日続けるコツを教えて」と言われます。
ずばり言うと、そんなコツはありません。
何故なら、三日坊主気質の人が日記を続けるコツは「毎日書かない」ことだからです。
私も例にもれず三日坊主なので、毎日書いていたら絶対に続いていなかったと思います。
何かイベントがあった時、これは将来思い出したら面白そうだ、ということがあった時、ちょっと今日は愚痴を吐き出さないと頭が爆発しそうだ、という時など、書きたいことがある時だけ日記帳を開きます。
基本的には一日1ページですが、書きたければ何ページでも書いていいし、一言でスッキリしたならば一行でも大丈夫です。
「これじゃあ後から読み返してもわけがわからない」と思っても、意外とその一行で色々なことが思い出せるものです。
読み返してみると、私の場合、中学生の時大好きなバンドのライブに始めて行った日の日記は、興奮覚めやらぬ口調でずらずらと4ページに渡って書かれていました。
また、親ともめて大ゲンカした日の日記はただ一行「まじむかつく」だけが書かれていました。
毎日書こうと意気込むと、一日でも飛ばしてしまった時に、急激にやる気がしぼんでしまいます。
そうではなくて、どれだけ間があいても書きたい時に書けばいいや、という気持ちでいると、書かない時期が一年あっても二年あっても、ある日ふと「あ、今日は日記書こうっと」と思う日がくるものです。
実は私も、ここ一年くらい日記帳を開いていません。
それでもきっと、何かあった時はまた日記を書くという確信があるので、「私は日記をつけています」と自信を持って言えるのです。

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